【 VENOMS 】




 暗闇に埋もれていた意識が、少しだけ浮上する。

 体中が痛い。
 確か…殴られて、もう駄目だと思って──


 生きてる?

 その後、何かあったような…。


 霞の掛かった意識をゆっくり巡らせると、
 次第に肌の表面の感覚が蘇ってくる。

 痛む場所を、優しく撫でられている。

 腹を、胸を、腕を、脚を…。

 労わるような感触が心地よくて、
 そのまま再び意識を手放してしまいそうになる。

 けれど…。

 蒼葉の脳は無意識に危険を感じた。




「……っ!」

 眼を開けて最初に飛び込んできたのは、黒。

 慣れ親しんだ蒼葉の部屋とは対照的な、無機質な色。


「蒼葉さん、起きてしまいました?」

「まだ準備中なのにね」

 その声に、どうしようもない絶望感が一気に押し寄せた。


 ウイルスとトリップ。

 その口調も、覗き込む薄い虹彩も、昔から何も変わっていない。
 だが、こんな風に触れられたことは、一度も…ない。

 身を起こそうとして、更に愕然とする。

 モノトーンのベッドの上で、
 蒼葉は衣服を何も身に着けていない状態で横たわっていた。

 露出した肌に、両手を拘束する大きな枷だけが異様に仰々しく嵌っている。

 ──目の前の二人の仕業以外にない。

「お前ら…、本当に…」

 ひどい仕打ちを受け、これが現実なのだと解っているはずなのに、
 頭のどこかではまだ嘘であって欲しいと思っている。
 それだけの長い付き合いを、一瞬で覆されるなど──


 苦々しく吐き出す蒼葉の思いを打ち砕くように、
 二人がさも嬉しそうに顔を寄せる。

「本当に、俺たちのもとへ来たんですよ、蒼葉さんは」

「蒼葉は俺たちと一緒。ずっと、ね」

 天気の話でもしているような軽さで、しかし有無を言わさないトーン。
 それが今、他でもない蒼葉に向けられている。


 怒りや悲しさと共に意識が覚醒し、それまでの状況を思い出した。

「…俺を、どうするつもりなんだ…?」

 唸るように低く、蒼葉が問う。
 悲しいけれど、もはや彼らは「敵」と認識するしかないから。

 オーバルタワーでの話が本当なら、東江の元にはセイがいて。
 そして、その代わりに蒼葉を連れてきた、と…それはぼんやりと聞いた覚えがある。

 それなら、東江のように蒼葉の力を使って人心掌握でもしようとしているのか。
 そんなことに利用されるのは絶対に嫌だ。

 無論、東江のもとへ連れて行かれても同じだっただろうが。
 素直に言うことを聞くつもりはないし、できる限りの抵抗はするつもりだ。

 しかし、

「何か勘違いしてませんか?」

 と、ウイルスが意外といった表情で問い返してくる。

「勘違い…?」

「どうするつもりも何も、俺たちは蒼葉さんが欲しかっただけですから」

「そうそう、俺たち、世界とか別に興味ねーし」

 蒼葉を覗き込む二人が揃って、しれっと肩を竦めて見せた。

 玩具を手に入れた子供のような顔に、怖気が立つ。
 おおよそ悪意というものが見えない分、計り知れない闇を感じる。

「蒼葉さんがスゴイ人だから好きなのもありますけど、その《力》が欲しいわけじゃありません」

「俺たちが欲しいのは《蒼葉》っていうやつ、丸ごと全部だから」

 言って、トリップが蒼葉をベッドへ押さえつけて顔を覗きこんだ。それから、

「──…っ、ん…!」

 熱い舌が力強く唇を割り開き、押し入ってきた。

「だから、こうして大切に、ただ可愛がりたいだけなんです」

 水音を立てるほど激しく吸い上げられる横で、ウイルスが蒼葉に耳打ちをする。

 撥ね退けようと腕を振り上げるが、拘束具が邪魔をしてうまくいかない。
 咄嗟に脚も繰り出すが、二人がかりで押さえつけられてしまえば全く歯が立たない。


 何をされているのか考える間もなく、とにかく逃れようと暴れるが…。

「はい、大人しくして下さいね。──トリップ」

「ん」

 最後に大きく唇を舐めて、トリップが離れる。

 代わりにウイルスが顔を覗かせた。
 肩を強張らせて身構えると、その手の中の見慣れないものに目を奪われる。

 掌に収まるくらいのシンプルな箱で…何かの機械だ。
 レンズのようなものが付いているのが見て取れる。

「さて…蒼葉さんにコレ、効きますかね?」

「俺たちには効かねーから、どんな感じかはわかんないけど」

「……?」

 不穏なものを感じ、身を捻ろうとする蒼葉をトリップが軽く押さえる。

「違法なものじゃありませんから、安心して下さい」

「脱法だけどな」

「気持ちいいらしいですから」

 そんな台詞と共に、にこやかにウイルスが手の中の機械のスイッチを押した。

「なっ…!」

 途端に、レンズの部分から強烈な光が眼球の奥まで突き刺さる。
 慌てて目を閉じたが、瞼を通してもその光が明滅している様に脳までチカチカする。


 ドクン…と心臓が跳ねた。

 ──これは…不快だ。

 頭痛と吐き気がいっぺんにこみ上げる。


「セイさんの瞳を模した装置を、小型化したものです」

「モルヒネの秘密道具、なんてね」

「普通の人間ならこれで一発なんですけど」

「さすが蒼葉」

 頭から内臓まで掻き回されるような強烈な不快感に耐えている蒼葉に、
 いつも通りの能天気な声が降って来る。

「う、ぅ…、っ、…やめ…」

 頭の奥底が震えて、何かを訴える。
 自然と、喉が鳴りそうになった。だが、

「っと、《声》は使わせない」

 すぐにトリップの手が蒼葉の首に掛かり、潰れない程度に締め上げられた。

「っぐ…、ぅ…」

 辛うじて息はできるが、これでは確かに力は使えない。
 それどころか、浅く喘ぐ間にどんどんと息が足りなくなり、頭が朦朧とし始める。

 けれど、瞳の裏を焼く光は消えない。
 手足の先から全身まで力も抜けて、体がバラバラになりそうだ。


「無理に抵抗しないで、気持ち良くなっちゃった方が楽ですよ?」

「コレ、蒼葉には上手く効かないかもね」

「俺たちは別に蒼葉さんを苦しめたいわけじゃないんですが」

 慈しむような口調とは裏腹に、強烈な光を止める気配はないし、
 手足を押さえつける力も緩まない。

 この二人は、怖ろしいことをそうとも思わず平気で出来るのだ。

 ──こいつらは、本当に…やばい。

 逃げなければと焦りばかりが募るが、体は完全に麻痺していて、全く言うことを聞かない。


「そろそろ動けなくなってきましたか?」

 機械を持ったままのウイルスが、逆の手で蒼葉の髪を撫でる。
 いつもなら痛いはずなのに、それすらもどこか遠くで感じるような…。
 どちらにしろ、力が入らず振り払うことができない。

「抵抗されんのもメンドーだけど、意識ないのもつまんねーから」

「こうすれば、とっても合理的でしょう?」

 口々に勝手なことを言い、ようやくウイルスが機械を止めた。

 光は止んでいるのに、まだ残像が残っているように焦点が揺らぐ。

 蒼葉はぐったりと横たわることしかできなくなっていた。
 首を締め上げていたトリップの手も外されたが、声を使おうという気力は湧かない。


 それなのに、意識は失っていない。
 どうせ痛めつけられるのだったら、
 何も知らない間に終わっていた方がまだ楽だったかもしれないと思う。

「……っ」

 何もできない自分が悔しいし、屈辱的だ。


「それでは始めましょうか、蒼葉さん」

 今度はウイルスの唇が蒼葉のそれへ触れる。
 強引にではなく、あくまで優しく、柔らかく唇をなぞる舌。

 ──口付けられている…?

「これで、蒼葉は俺たちのもの、だな」

 ──俺たちの、もの…?


 抵抗もできずされるがままになっていると、
 空回りする言葉が段々と浸透してくる。

 そういえば、さっきも…。

 それは、つまり──


「…お前ら、…今まで…そんなこと…」

 掠れた声で蒼葉が弱々しく呟く。

 この二人は、そういう意味で蒼葉を欲しいと言っている…ということなのか。

 そんなこと、蒼葉は考えたこともなかった。

「俺たちはずっと、蒼葉さんのこと、こういう目で見てましたよ?」

「まさか手に入るとは思ってなかったけど」

「な…っ」

 一緒に騒いだことも、助けてくれたことも、何度も…。
 ずっと、イイ奴らで、友達だと…思っていたのに。

 そう思っていたのが自分だけなのかと思うと、
 裏切られたと知った時以上の何かが押し寄せて、泣きたくなった。

 怒っているのか、悲しいのか、悔しいのか、それとももっと別のものなのか…
 もうグチャグチャになってわからない。

「俺たちが持っていないものを持ってる…最初は憧れみたいなものだったんでしょうね」

「でも、そんなのもうどーでもいいし」

「アイドルのファンでいるのも良かったんですけど」

「手が届くとこにいるなら、奪っちゃうでしょ」

 そこに、蒼葉の意思はない。

「──…間違ってる…」

「それは蒼葉さんの常識の話、でしょう?」

「俺たちは、こうやって蒼葉を大事にするのが一番だと思ってるから、ね?」

「ねぇ」

 顔を見合わせて頷く二人に、罪悪感という概念は欠片もない。

「俺の…意思だって…」

「もちろん尊重しますよ? 俺たちから逃げようとすること以外はね」

「大丈夫、蒼葉もずっと、俺たちと一緒にいたくなるようにしてあげる」

 二つの掌が、蒼葉の両頬を撫でる。

「最初は優しくしてあげますから。蒼葉さんは、ただ身を任せてればいいんですよ」

「蒼葉にはこれも、使おうか」

 トリップがポケットから小さな瓶のようなものを取り出した。
 その蓋を開け、そのまま一気に中身を呷る。…と、思いきや、
 中身を口に含んだトリップが、蒼葉に口付けた。

「…っ、ん…、…」

 硬く結んでいた唇を舌先で抉じ開けられ、ひどく甘い液体が入り込んでくる。
 吐き出そうとしてもしっかりと口を塞がれていて、耐え切れずに飲み込んでしまう。

 喉にまとわりつくような味と感触が気持ち悪い。
 トリップも口にしているので、毒薬ではないとは思うが…。

「こっちは、ヤクザさんの秘密道具…なんてね。いわゆる媚薬ってやつです」

 簡単に説明して、ウイルスが蒼葉の肌に触れる。

「──…ふ、…っぅ」

「トリップ、もう一つ持ってるか? こっちにも」

「んー」

 唇を離さないまま、トリップが再びポケットを漁り、小瓶をウイルスへ手渡す。

 それからすぐに、両脚が割り開かれた。
 ウイルスがその間を陣取り、小瓶を傾ける。

 ヒヤリとした感触が剥き出しの下腹部を伝い、脚の付け根へと滴る。
 それを塗り込めるように、ウイルスの手が肌の上を這い回った。

「──っ! …んんっ、…!」

 このままでは本当に…。


 最後の力を振り絞って脚を蹴り上げる。
 しかし、痺れたような両脚は軽く宙を蹴るだけだ。

「そこまで嫌がられると、少しショックですけど」

 溜息をつくウイルスだが、
 そんな言葉が疑わしいほど愉しげに、もがく蒼葉を見下ろしている。

「でも、嫌がってる蒼葉もかわいい」

 少しだけ隙間を空けた唇の端で、トリップも呟く。

「本当にね。…だから、どうしても欲しくなったんです」

「ぅ…、ぃ、や…、だ…っ、こんな…っ!」

 こんな一方的に扱われて、嫌がらないはずがない。

 ようやく唇を解放され、蒼葉は首を振って二人を睨む。
 無論、そんなことで怯む相手ではないが。

「そんな潤んだ瞳で睨んでも、逆効果ですよ?」

「蒼葉、まだ気持ちよくならない?」

 そう言って、トリップがおもむろに蒼葉の中心へと手を伸ばした。

 媚薬で濡れ光っていたものの、その場所は恐怖や嫌悪感で震えていた。
 だが、

「──…ッ!」

 指先が触れた途端、電流を流されたような刺激が走る。

「効いてきました? そっちのプロも御用達の強力なやつですから」

「しかもたっぷりと、ね」

 大きな掌が、敏感な辺りをそっと撫でる。

「ひ、…ぁ…っ」

 それだけで、動かないはずの体が無意識にビクビクと跳ねた。
 体の奥の方からジワジワと上がってくる感覚は…薬のせいだと思いたい。

「こっちも、気持ちよくしましょうね」

 下方ではウイルスが蒼葉の脚を抱え上げ、たっぷりと媚薬を絡めた指を狭間へと近づけた。

 ぬるりとした感触が、普段は触れられることなどない場所を丁寧に撫で…
 熱さを伴って少しずつ侵入してくる。

「い、…ぁ、っ…、ぃ、や…、だ…!」

 必死に身を捩じらせても、些細な抵抗にすらならない。
 指はゆっくりとだが、我が物顔で着実に蒼葉を切り開く。

 受け入れる場所ではない粘膜は、物凄い違和感を訴える。
 反面、入り込む指に塗られた媚薬がジワジワと甘い痺れを起こすような感触もあり…。

「もしかして、初めてでしたか? 最近あなたの周りを付きまとってる変なのが
 多かったようでしたので、少し心配していたんですが」

 ウイルスが何かを呟いていたが、蒼葉の頭には全く入ってこない。

 体が…自分のものではないみたいだ。
 弄られている部分を中心に、体中の熱がそこへ集まっていくようだ。

「ま、これからは俺たち以外に触らせないから、いーけどね」

 トリップも何かを呟き、反応を示し始めていた部分をギュッと掴んだ。

「…あぁっ、…ぅ…」

 今までに感じたことがないほどの衝撃が突き抜ける。
 快感…というよりも、まさに衝撃だ。

 けれど、体は裏切って簡単に硬度を持つ。

 と、トリップがその場所を掴んだまま、躊躇いもなく唇を寄せ、含んだ。

「──ッ、あ、あっ…」

 ねっとりと熱い舌が這い、それだけであっと言う間に放ってしまいそうになった。
 だが、舐め上げながらもその手は根元を思い切り掴んでいる。

 塞き止められたような圧迫感に耐え切れず、蒼葉は自然と腰を揺らした。

「や、っ…、はな…っ」

 すると、羞恥も嫌悪感も忘れて、吐き出すことしか考えられなくなる。
 中を掻き回される違和感さえも忘れてしまいそうだった。

「まだ、だーめ」

 先端に舌を差し入れながら、トリップが指先に力を篭める。
 はち切れそうな箇所を、無理やり押さえ込まれたまま弄られるのは…つらい。

 どこか壊れたのではないかと思うほど、涙も唾液も溢れてくる。

「もう少しですよ。ほら、2本入ったの…わかりますか?」

 ウイルスが囁いて、大きく内部で指を動かしてみせた。
 薬が足されているのか、ピチャピチャと卑猥な音が上がる。

「ぅ…、う、ぁ…」

 こんな尋常ではない状況なのに、痛みは感じない。
 その場所までも、熱く痺れているようだ。

「もっと入る?」

 と、トリップが逆側の手を後ろへと伸ばした。
 ウイルスの指でギチギチに埋まっていた場所を、更に抉じ開けようとしている。

「い…っ、あ…」

 媚薬の滑りも借りて、骨張った指が肉壁を掻き分ける。

 それぞれの指がバラバラに動く異様な感触があるというのに…

「あ、…っ」

 前の部分も散々弄られ、薬を使われ──だからだとは思うが、

 確かに今、蒼葉の体はそれを快感だと受け取った。


「…そろそろかな」

「蒼葉、こっち向いて」

 途端、ズルリとすべての指が一気にその場所抜け出ていった。

「…! ん…、ぁ…」

 思わず引き止めるように内部が蠢いた感覚があり、蒼葉は愕然とした。

 体が完全に陥落している場合、微かに残る理性は苦痛を増長するだけだ。
 それでも、心は快楽に呑まれてしまいたくはない。

 しかし何かを考える間もなく、前からも手を離したトリップが蒼葉を抱き上げた。
 正面から両脇の下へ腕を差し入れ、軽々と上体を起こされる。
 そして、

「蒼葉がイク時の顔、見たい」

 間近にトリップの吐息が掛かり、今度は背中側からウイルスの手が掛かる。

 後ろへ回り込んで衣服を寛げたウイルスが蒼葉の腰を引き寄せ、自らの上に沈めた。

「はっ、ぅ…、ッ、ああぁっ…!」

 同時にトリップに屹立を触れられ、その手の中に呆気なく白濁を放った。

 力が抜けた瞬間を見計らい、ウイルスが根元までを蒼葉の中へ埋める。


 蒼葉の背中をウイルスの胸にあずける形で座った体勢は、その場所に自重も掛かる。
 信じられないほど奥まで穿たれていると思った切っ先が、下からの突き上げで更に奥を抉る。

「あぁ、すごいですね…蒼葉さんが絡みついてる」

 ゆっくりとした感嘆の声とは裏腹に、穿つスピードは速い。
 達したばかりで呼吸さえ整わない蒼葉には拷問だ。

「は、ぁ…、っぁ…、はぁ…」

 荒く喘ぎ、上体が傾く。
 しかし、気だるい体を前後から無理に支えられた。

 もう横になってしまいたいのに…
 そんなことはお構いなしに、四つの手が力強く蒼葉を掴んで離さない。

「蒼葉、かわいい」

 それから、トリップがその場で膝立ちになり、蒼葉の眼前へと自らを晒した。
 猛った牡が唇を突く。

「ん…っ」

 必死に口を引き結んで顔を逸らすが、

「はい蒼葉さん、上のお口も開けて下さい」

 突き上げを繰り返しながら、ウイルスが後ろから蒼葉の顎に手を掛けて正面を向かせた。
 そのタイミングを逃さず、トリップが歯列を割って喉元まで入ってくる。

「んん、…ぁ、む…っ」

 初めての感触に思わず口を閉じかけると、硬い肉茎に歯先が当たった。

 その瞬間──パン…と音がして、頭がくらりとした。
 トリップが平手で蒼葉の頬を打ったのだ。

「歯、立てたら、痛くしちゃうよ?」

「…、……っ、ん…ぅ」

 呼吸もままならない状態で大きく口を開けるしかなく、飲み切れない唾液が口端から滴り落ちる。
 それが潤滑油の代わりにでもなるのか、トリップが下からの突き上げと同じペースで口腔を穿つ。

「は、っ、…、はっ…、…っん」

 体の中から脳髄まで撹拌される刺激が続く。

 ──本当に…これなら、意識も記憶もなかったほうが良かった。


「…ん、蒼葉さん…」

 耳元で囁く声がして、奥を蹂躙していたウイルスが動きを止める。

 そこに熱いものが広がるのと同時に、言い知れない虚無感も広がった。

 それなのに、熱くなった奥の方がザワザワと疼く。
 おかしな浮遊感もあり、体だけが蒼葉の意思とは関係なく暴走でもしそうだ。

「まだ、足りないでしょう?」

 もうたくさんだ、と
 思いたいのに…──

「はい、次ね」

 ウイルスが抜け出ていった場所へ、口腔から移動したトリップが埋まる。

「っあぁ…、…」

 濡れていた箇所は、難なくその衝撃を受け止めた。

「今度はこっちに顔を見せてください」

「──…っ、あ…!」

 トリップと向き合う形だった体勢を、ウイルスが蒼葉の脚を持ち上げて回転させる。
 勿論、埋まっている場所はそのまま軸のように擦られる。

「すげー、きつい」

「つらいですか? ふふ、可愛い」

 今度はトリップが後ろから突き上げ始め、ウイルスが正面から蒼葉の唇を食む。

「ん…、ぅ…」

 もう、嫌なのに…
 体は溶けてしまいそうで、蒼葉の意思に反して熱くなる。

「もうしばらくは薬が効いてると思いますから、蒼葉さんも楽しんだ方がいいですよ?」

 ウイルスの手が、蒼葉の下肢へ落ちる。
 そこは、自分でも気づかないうちに再び屹ち上がっていた。

「い…や、だ…、…っ」

「蒼葉、素直に感じてよ」

 下から突き上げられるリズムに合わせ、前の部分も弄られる。
 そのうちに、手だけでは飽き足らなくなったウイルスが、そこへ顔を埋めた。

「ふ、ぁ…、っああ…」

 体中が痺れているというのに、その場所だけは敏感に刺激を感じ取る。
 柔らかな舌が舐め上げ、奥まで含んでは吸い上げる。

 拘束された腕はつくこともできず、
 丸まってしまいそうになる背をトリップが強引に引き寄せて中を抉る。

「ん…、あぁ…っ、…は」

 自由になった息を大きく喘がせ背を仰け反らせると、突き上げが一層激しさを増す。

 同時に揺さぶられる先端も熱い滑りに覆われ、追い上げられる。

「ふ、ぅ…、あ…あ、ぁ…ッ」

 強く吸われた瞬間、箍が外れたようにガクガクと震え、蒼葉は二度目の精を放った。
 体が快感を認識するのとは裏腹に、心は苦しさだけを伴って。

 それから、

「…蒼葉、ずっと、こうしたかった」

 背中から大きな腕で力強く抱き留められ、内側にも広がる熱を感じる。
 荒い息を吐きながら、蒼葉はそれをぼんやりと聞いていた。





 何も、考えたくない。

 どうしてこんなことになったのか、
 考えれば考えるだけ、苦痛でしかない。


 ようやく解放されベッドへ横たえられた蒼葉は、涙に濡れた眼を開ける。

 ウイルスとトリップが丁寧に蒼葉の体を拭いているのが判った。

 今まで行われていたことが、全部夢だったら良かったのに。
 その汚れも、動かない四肢も、現実を物語っている。

 せめて、心の底から憎めたら…。
 それなのに、甲斐甲斐しく蒼葉に触れる二人は、以前から知っている顔で──

「…もう、…記憶、消して…」

 以前、蒼葉の記憶を消したのは自分たちだと言っていた。

 それなら、きっとその方が楽だ。

 ウイルスもトリップも知らない。
 ただ狂った雄たちに弄ばれるのを憎んで…きっと、その方が蒼葉は楽になれる。

 しかし、

「それはダメ」

「あなたにとってはその方が都合がいいのかもしれませんけど、ダメです」

 二人は即答した。

「なん…で…」

「俺たちは蒼葉さんが蒼葉さんだから、欲しい。それには今までの記憶全部、必要ですから」

「前に記憶消した時も、ちょっと残念だったから」

「キレちゃってる蒼葉さんも、好きでしたからね。もうあんなことはしませんよ」

 自分たちが勝手にやっておいて、ひどい話だ。

 溢れすぎて枯れたかと思っていた涙が、再び伝い始める。
 こんな格好ですべてを曝け出している二人の前では、恥も外聞もない。


 ただ一つ感じる言葉は…──絶望。


「そんな顔しないで。愛してますよ、蒼葉さん」

「蒼葉、愛してる」

 二人ともが左右にそれぞれ、蒼葉の頬に顔を寄せる。

「…違、ぅ…、こんなの…」

「愛の形は人それぞれですからね」

「俺たちにとっては、これが最上級の愛しかた」


 優しく触れる唇。

 しかし、拘束具が外されることは、なかった…──



END.